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バウドリーノ [■BOOK・COMIC]

★満足度70点

バウドリーノ(上)

バウドリーノ(上)

  • 作者: ウンベルト・エーコ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/11/11
  • メディア: ハードカバー

バウドリーノ(下)

バウドリーノ(下)

  • 作者: ウンベルト・エーコ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/11/11
  • メディア: ハードカバー

読破したときは、「評価に困る作品だなぁ…
どうとらえていいものやら」…と、戸惑いました。

西洋社会にはびこった伝説は、概ね人為的なものであると皮肉った作品と受け取れたけど…もしくは純粋にピカレスクロマンとして、楽しんで執筆しただけかも。

前半はバウドリーノがフリードリヒに拾われ、その才覚で信頼を得て、フリードリヒや自分の師匠のためにの司祭ヨハネの王国を探しにいくこと誓うまでを描くが、それが長い長い。

フリードリヒの正妻に叶わぬ恋をし、パリに留学し五人の仲間と出逢い、司祭ヨハネからの手紙を政治利用するために捏造するまで終わってしまう(笑)
こちらはいつになったら旅立つのかと始終やきもき。

しかし仲間とのかけあいや、司祭ヨハネの伝説を肉付けしていくうちに話が大きくなっていき、ついには自分たちで造り出す物語と情景にうっとりする様は滑稽でもあり、読んでいるこちらも楽しくもある。
そうこうしているうちにヨハネの贋作は盗まれ、フリードリヒも謎の死を遂げてしまう。

下巻ではやっとこさ旅立つが、私は伝説に含まれている描写があまりに荒唐無稽なので、バウドリーノの虚言落ちかとヒヤヒヤしたよ!なんたってロード・オブ・ザ・リング並みの化物がわんさか登場するんだから。

しかし司祭ヨハネの直前まで迫っておきながら、結局果たせず、家族も持てなかったバウドリーノに愛着を感じることは確かで、最後見果てぬ夢のために旅立つところでは、なんとも言えない切なさが込み上げてきた。
結局、バウドリーノと五人の仲間の人生ってなんだったんだろう…、って。

バウドリーノとヒュパテイアの子供は生きているのか、バウドリーノは会えるのか…

しかしこの作品の趣旨は感傷的にさせることではなくって、なお現在伝わる聖遺物、特に聖杯などが善意の嘘によって現実化していく過程を楽しむものなんだろう。

また、実在の人物で謎の死を遂げたフリードリヒを密室殺人に仕立てあげ、最後の最後に真実が露見するくだり、フリードリヒが攻めて命名した町が生まれる過程もフィクションを織り混ぜて面白い。

聖杯を宝石がゴテゴテに飾り付けた金の杯ではなく、バウドリーノの父親が長年使っていた、ワインの染みたただの木の器にしたほうが「説得力があるではないか」にはニヤリとさせられました。

人間の創造力と想像力をシニカルな視点で描きつつ、果たしてそれを書いている自分も後世の大捏造者とするのも、やるよねぇ!
世界は同心円状に広がるメタフィクションかなのかも!?


私を離さないで [■BOOK・COMIC]

★満足度90点

わたしを離さないで

わたしを離さないで

  • 作者: カズオ イシグロ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2006/04/22
  • メディア: 単行本

「提供者」は、逃げ出せないのではない。
どこにも行くところがないのだ。

彼らを取り巻く社会自体が、彼らの存在を緩やかに肯定しているからだ。
肯定しているからこそ、彼らに与する者もいない。彼らは自由に移動はできるが、安住の地はない。

人々は、あまりに日常と化した「提供者」の存在に、疑問を抱く事すらないし、彼ら「提供者」は社会問題の火種ですらない。

これは相当気持ち悪い社会だ。

現在、私達が耳にし目にする「遺伝子組み換え大豆」などのように、私達が直面するのは「選ぶか選ばないか」だけで、その存在その物を排除しようというのは一部の運動家だけである。
しまいには新しい技術への気持ち悪さも、いずれ鈍化して麻痺し、当たり前になってしまう。
この話の世界も同じように、人は物を買う感覚で「提供されるかされないか」だけを考えればいい。

だから、彼らがなぜ逃げ出そうとはしないのか、という愚問を呈するのは根本的な間違いだ。
彼らは戸籍もなく、姓もなく、家族もいないだろう。身分を詐称することすら思い付かないのかもしれない。
よしんば誤魔化せたとして、社会に出て仕事をするスキルもないだろう。

それでも、トミーのように怒りの片鱗すら見せないキャシーらの、達観した様子に、違和感を感じることもあった。
生殖機能が元からないことに由来するのだろうか。生きる渇望…といのが枯渇してしまったような…。
それともなまじ、寄宿舎での安穏とした平和な生活と適度な教育が、不満を産み出さなかっただけなのだろうか。

マダムがクローンたちに触れることを自然と禁忌とするのがわかるような気がする。
だって彼女はそういった存在そのものを許す社会を変えようとしたのだから。その人間のエゴを凝縮した存在であるクローンを見る目は、とても奇妙だったろう。

ヘーデルシャムののんびりと美しい情景がまぶたの裏に浮かんでくる。
大人になっても、マダムの展示館を信じていたトミーたちの純粋さが、悲しい。才能を伸ばせば3年の自由がもらえると、希望を抱いていたトミーたちの姿が。
永遠に美しいヘーデルシャムの思い出の中で、青春時代しか知らない無垢な魂たちは、最期にあの船を思い出すのだろうか。

「死ぬことがわかっている人間は覚悟があり、覚悟がある人間は幸福なのだ」という、あるジョジョに出てくるプッチ神父の言葉を思い出した。ひどいエゴだと、思う。
人は選択する自由があってこそ、幸せなんだ。三年間すら自由にできない彼らに、何が言えよう。
魂の存在さえ否定されてしまう彼らに。


彼女がその名を知らない鳥たち+九月が永遠に続けば [■BOOK・COMIC]

★満足度80点

彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)

彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)

  • 作者: 沼田 まほかる
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2009/10
  • メディア: 文庫

★満足度60点

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

  • 作者: 沼田 まほかる
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/01/29
  • メディア: 文庫


■不愉快だけど泣ける傑作

知人に借りてこの二作品を連続で読みました。
【彼女が~】の方を先に読み、【九月が~】を後に読んで、ほんっとに良かったと思う。
なぜなら、落ちまくったから。
 
彼女~は、酷く不愉快になるけど傑作だと思う。
読んでいて辛く、胸糞悪くなることもしばしばだったのに、読了した後は後から後から涙がこみ上げてきて、一生忘れられないんじゃないかと思うような、得体の知れない悲しみが胸に巣くった。
 
ごつごつした石をいくつも飲み込んだように胃の腑がずしーと重くなり、何をするにしても陣治と十和子のことが頭に浮かんだ。
はっきりいって、あの状態は鬱と言ってもいいのではないか。何をしてもさめざめと泣きそうになって、何もする気にならず、心から笑えず、かといって絶望してはいない。そういった状態がしばらく続いた。
 
登場人物のトワコとジンジははっきりいって、すぐには寄り添えない。
執拗に描写されるジンジの生理的醜悪さは、読んでいるこちらだって受け入れがたいし、かといってジンジに養ってもらいつつ生産的な事は何一つやらず、捨てられた男への慕情を延々と断ち切れないトワコにも辟易する。
あまつさえトワコは水島という男に捨てられた男の姿を重ね、平然と不倫を重ねる。
 
でも、わかっちゃうんだな。
ジンジの気持ちも、トワコの気持ちにわかってしまう。どこかで寄り添う自分がいる。
人間は持っている性質は出会い方や環境で、コントロールの仕方が変わる。
トワコがもし幸せな恋愛をしていたら、あの依存症の傾向は薄れたかもしれないし、ジンジも自分を愛してくれる女性に出会えたらコンプレックスを軽減できたかもしれない。
でもジンジはあのトワコだからこそ、父性とも男性ともつかない、執着をも飛びこえた不思議な感情でトワコを見つめ続けたわけだし、永遠の恋人になれたわけだ。

ラストは、賛否というより、納得できるかできないかで大分分かれるだろう。
自分の気持ちの落としどころを潰された気がして、消化できない思いをしばらく抱える人もいるだろう。

私は、納得…というか、ジンジは死ぬしかないだろうと話の流れでうすうす感じていたので、受け入れる事ができたけど、それでもジンジ亡き後トワコはどうやって生きていくのだろうかと、悶々としてしまった。

トワコのその罪はジンジが背負っていったけど、彼女が依存症を克服できるとは思えない。
一生誰とも対等に恋愛できるとも思えない。彼女はジンジとの生活を懐かしいとか愛おしいと思えないのに、ずっと喪失感を抱えたまま生きていくのではないか。
彼を思い出すたびに奈落に落ちていくのではないか。
これは真っ白な純愛ではなく救済でもなく、ジンジが自分のために果たした最後の我侭なのではないか。
トワコの中で自分の存在を永遠にするために。
でもトワコはジンジが生きている限り、彼と前向きに寄り添うことはない。
やはりジンジは死ぬしかなかったのだ。

なんだろう、陣二の、トワコのために料理していた背中を想像すると、泣けて泣けてしょうがない。
あまりにも大変な事件を「いろいろあったけど幸せだったなあ」とさらっというジンジが、悲しい。


ミレニアム [■BOOK・COMIC]

★満足度100点

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/09/08
  • メディア: 文庫
ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/11/10
  • メディア: 文庫
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 作者: スティーグ・ラーソン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/12/05
  • メディア: 文庫


読んだのは結構前だが、ミレニアムの面白さは文章にし難く、なかなか書かなかった。
久々に痛快かつ興味深い小説。

ジャーナリズムの倫理的問題、女性に対する暴力、社会的弱者への偏見に対する問題提起もはらみつつ、完全なエンターテイメントに仕上がってる。
数々の虐待に耐えつつも、ハッキング能力で報復するという、新しいヒロイン像にも舌を巻く。

そんなリスベットにもう~メロメロ。
彼女の「正義」はわかりにくいが、筋が通ってる。理由をいちいち他人に説明しないのも、それが彼女の生い立ちからくる防衛の一環なのだが、なんだかかっこよく映る。
普通の人は他人に「勘違いされたくない」「嫌われたくない」為、自分の行為を正当化したり言い訳したり色々忙しい。しかし彼女はバッサリ「何もしない」のだ。

極度に人間不信だが、やはり人間、完全に孤独は耐えられない。
ミカエルに恋しちゃった時の頑なな態度が可愛くてたまらない。

そして好きだからこそ自信がなく、突っぱねるしか対処できない事も。
社会性があって人生の王道を歩んでいる女性にコンプレックスを抱き、ガランとした部屋に一人ぽつねんと暮らしている(第二部の)リスベットを思うと、ミカエルでなくても後ろから抱き締めたくなる。


第二部は知られざる父親との確執、父親が実は、・・・っていうのも、吃驚仰天の展開。
リスベットが話の中心なのに、なかなかリスベットが出てこない。

推測で事件に当たる警察やら検事やらの軽挙妄動に「フフン」とせせら笑いながら、リスベットを知ったら凄いわよ、と、読者はリスベットの正体が広く認知される事を望んでしまうのだ。
ミカエルとリスベットが一度も顔を合わせないのに、二人が互いの行動を読み合っているのもスリリング。リスベットが彼のPCをハッキングし上手く誘導し、彼は実地調査するという、1部のスタイルを踏襲している。

第三部ではリスベットを散々苦しめてきた諸悪の根源に法廷で立ち向かうという法廷ドラマの趣向もはらみつつ、やはり獄中のリスベットを陰ながら支えるミカエルとのやりとりが面白い。

しかしスゥエーデンってこんなに性に奔放ど積極的な国民性なのか?20代だろうと50代だろうと女性なら誘われれば手を出す(出せる)ミカエルを描きつつも、ちゃんとリスベットの恋する女心を描写できるラーソンは凄い。

そして三部作通して、これだけ趣向の違う展開になりつつも、全体の雰囲気は通していることに驚く。
あまりスゥエーデンの社会的問題などには疎かったが、北欧にもナチズムに傾倒する時代があったり、男性によるあからさまな女性蔑視、暴力被害が思いのほか多いことに驚いた。実際のデータや事件が注釈に引用されているので、そちらも興味深い。
スゥエーデンの公安の歴史なども織り込みつつ、国家権力とメディアのあり方やミカエルを通してメディアが「信念」を持つことの重要さも訴えてくる。

まだまだ出番があるのか?と思わせる登場人物があっさり退場したり、あまり本筋に関係の無い複線が描かれるが、まったく気が削がれない。
多分「えっ!?もう出番なし?」と思わせる位が、次の展開に期待させるのかも。
そしてその通りに次から次へと新しい難題が立ち上ってくるし、複線はむしろ、登場人物たちの生活や性格を現すのに濃厚な肉付けになっている。

ミカエルとモニカ・フィグエローラとリスベットの行く末も気になるが、もっと気になるのは全く出てこなかったリスベットの双子の妹!
本当に本当に、ラーソンの急逝が惜しまれる。


毒婦 [■BOOK・COMIC]

★満足度80点

毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記

毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記

  • 作者: 北原 みのり
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/04/27
  • メディア: 単行本

■面白いが、腹立たしくもある

<<本書で初めて知ったこと>>

・父親は行政書士、インテリで上品で洒脱。母親は社交的で町内会系に頻繁に顔を出すタイプ。
・佳苗は未成年時、知り合いの通帳と印鑑を盗んで何百万もおろすが、示談に。父が完済する。
・母親と折り合いが悪く、高校生の時祖母の家へ家出。以来、ほぼ祖母宅に。
・家族を知るものは「上品な部分は父親似、周囲とずれているのは母親似」と評する。
・父親は木嶋佳苗の上京後離婚し、3人の子供を成人後送り出した後、自殺。
・4人殺害疑惑の他に、一度も会わずに金を振り込ませる事に成功した男性も複数。
・一部はホテルで性行為前に睡眠薬を飲ませ、翌日ドロンするという荒業を行使。
・本命の男性Sがいて、その人には何年間も偽名を使用。プロポーズされても断っていた。ちなみにS氏は木嶋逮捕後、実名を初めて知る。


久々に一気読みした。上記抜粋以外にも驚くことばかり。
読みごたえもあり、読みやすくもあったし、物足りなさもあれば、もうこんな女の人生を追うために分の時間を使いたくもない、とも思う。

最初は、こんな女に騙された被害男性はどんな人なんだ?という不謹慎な気持ちもあったが、読みすすめるにつれ、初心に帰った。

「騙された人は悪くない、騙すやつが悪い」という倫理に。
騙された人はバカかもしれないが、「悪く」はない。
周りには「木嶋はもてない男性に夢を見させたんだよ」、なんて呆れたコメントをする人もいるが、そんな話があるか!たかだか数回のsexで死んでもいいはずかない。
例え彼らが童貞だったとしてもだ。
木嶋とHしなかったら、一生童貞だったとしてもだ。
他の女性と幸せになった可能性もあるし、そもそも女性以外で得られる幸せを得たかもしれないし。
死ぬというのは、あらゆる可能性かなくなることなのだから。

ということで、木嶋が殺人を犯したか、していないかはおいといて、騙すという観点から言えば、騙された方は悪くない。だって、騙そうとする人に出会わない人が、ラッキーなだけだもの。

しかし何故これだけ、男たちから金を毟りとれたのか。
それは、彼女が全く悪びれていなかった事も原因だろうなぁ、と思う。
逆に、彼女が言い繕ったり、言い訳したら、相手に不審がられただろう。
言い訳は、「相手に嫌われたらどうしよう」という良心が働く。嘘をつく側に罪悪感がある場合は、まだ善意の欠片が残っている。だが、木嶋は違う。

三十路の癖に、「学生だから最初から学費を支援してくれる人」とシャアシャアとのたまい、支援してくれないと契約違反かのように責める。
そこには会社に対する責務のようなものも漂い、男たちに「確かに最初に約束したから…」などと、何故か社会違反しているような気にさせたのだろう。
恋愛は契約じゃなく、信頼で成り立つのに。

多少、北原さんは木嶋を美化している気もする。「思ったより上品で色っぽい」「抜けるような色白で清潔感がある」。少しドラマチックに肉付けしてあげないと、内容も乏しくなるし、読者が木嶋への嫌悪感で読了しないかもしれない。それとも本心だろうか。

婚活サイトに臨む際の、男性側の女性への要望をやんわり批判するくだりも、客観的ではない気がした。
そういう場でどうしたって高望みになってしまうのは、男女とも同じなのでは。自分たちが、自力では相手を見つけられなかったことはわかっていて、だからこそサイトに集まるのは同類項なのだと思うと、その中で「玉(ぎょく)」を見つけたいと思うのは男女とも当然じゃないのか。
しかしまあ、初めてホテルに行った相手と、Hする前に唐突に記憶を失ったにも関わらず、「Hしましたよ~」と言われ、いぶかしみつつも「覚えてないので次もまた会って見ませんか?」と言える男性に対して、「男は女性より随分安全な場所にいるのだな」という見解は100%同意。
それに対して「次は何が起こるか楽しみですね」とのたまう木嶋にもぞっとするけど。

話はそれたが、木嶋は99.9%ブラックだ。
しかし状況証拠しかないのも事実だから、本当の本当に男性達が自殺した可能性は拭えない。
練炭を購入したのは木嶋だと判明しているケースもあるが、大出さん宅で使用した物と一致しているのかはわからない。
そして「ふったら凹んでたので、自殺したんだと思います。練炭は料理に使いました」などと言われたら、それ以上どうしようもない。睡眠薬+自殺というのは本当に大胆で巧妙で、腹立たしい。

でも死刑になった。みなが木嶋を死刑にしたい、という意思も少なからず感じられる。
被害者宅で、途中まで使用された練炭がバルコニーに捨てられていて、自殺者が途中で捨てる事は在り得ないという事も、判定に影響しているようだし、供述の矛盾もあるが、死刑たる根拠に弱い。
今後の控訴審の行方がどうなるか心配だ。


エリザベート [■BOOK・COMIC]

★満足度80点

エリザベート (上) 美しき皇妃の伝説 (朝日文庫)

エリザベート (上) 美しき皇妃の伝説 (朝日文庫)

  • 作者: ブリギッテ・ハーマン
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2005/09/15
  • メディア: 文庫
 
エリザベート (下) 美しき皇妃の伝説 (朝日文庫)

エリザベート (下) 美しき皇妃の伝説 (朝日文庫)

  • 作者: ブリギッテ・ハーマン
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 2005/09/15
  • メディア: 文庫
■「エリザベート」の源になった決定版

何ともいえない、虚しさ。
ただただ率直な感想を述べれば、「勿体無い人だ」という言葉しか出てこない。
絶世の美女と呼ばれ、皇帝からも深く愛され、その気になればフランツ・ヨーゼフともども、為政者として様々な政治的問題を、解決に導くことができたかもしれないのに(あくまでも「導く」だが)。
誉れ高い大皇妃ゾフィーに頭が上がらず、宮廷儀式などのプレッシャーはあったと思うが、全てを姑のせいにして一生涯自分の殻に閉じこもり続けたというのは、子供としかいいようがない。
16歳にして嫁いだのは可哀想だとは思うけど、毎日泣いていたというのもなんだか情けない。
人の苦労は立場違えば千差万別、と思うけどそれにしたってあんまりに無責任じゃないか?
いくら宮廷生活に息詰まるとはいえ、養育権を姑にとられたとはいえ(しかも皇太子ルードルフや長女ギーゼラのせいではないのに、ゾフィーが死んだ後もあてつけのように二人に冷たくし続けたというのも酷い話だ)、それを死ぬまで言い訳にするとは酷い有様。
死ぬまで成長できなかった、いや、成長するのを拒み続けた可哀想で、残酷な人。
きっと心から満足したり、達成感に満ち足りた気持ちを味わったことが少ないだろう。
例外として、ハンガリーの貴族政治化アンドラーシと出会ってハンガリーに尽力したことが、彼女の輝ける幸福の時代だったのだろう。それも夫の意見を蔑ろにしてアンドラーシに唆された感があるから厄介だ。
肉体関係より、精神的結びつきな浮気の方が堪(こた)える。
フランツの心中、察するにあまりある。
なぜここまで酷評するかというと、彼女はただのアーパーなお馬鹿さんではなく、寧ろ賢く既成概念に捕らわれない柔軟な思考力を持っている人だったからこそ。
人を惹きつける才能を持っていて、人を幸せに導くことが出来たのに。
市井の人々の貧しい暮らしぶりもよくわかっていて、貴族社会は害にしかならず共和制への理想を訥々と周囲にもらしていた割には、別荘に崇拝する詩人ハイネの像を置き多額の調度品を拵え、豪奢の極みを尽くしたものの、殆ど海外旅行にうつつを抜かしていたという矛盾が、理解に苦しむ。
きっと、その矛盾した心を埋めるための努力すら、放棄したのでしょうね。
自分の立場を忘れたら、他の人々も宮廷も自分のことを忘れてくれるとばかりに。
そんな事はないのに。
そういえばノイシュバンシュタイン城の狂王・ルートヴィヒ二世」(エリザベートの従兄)も、ワーグナーの戯曲に準(なぞら)えた部屋を拵えたりして、存分に自分の世界へ埋没していった。ゲイとしても有名な彼が唯一心を開いた女性がエリザベートだったというから、この二人、従兄弟とはいえ血は争えないという感じ。
この本で語られていない埋没した史実に、どれだけの事実が含まれているかわからないが、エリザベートからもしくは女官などのやりとりといった豊富で厖大な手紙の引用、自分の意見を極力廃した文体、資料から得られた情報での政情分析などなどからすると、かなり本人の姿に近いのでは、と思う。
もちろん本にするにあたって取捨選択をしただろうし、そこには別の彼女の側面が隠れているかもしれないけど。
まあ、戯曲などではカッコウのスキャンダルの対象ですね。本当に勿体無い。

ピース<ネタバレあり> [■BOOK・COMIC]

★満足度40点

ピース (中公文庫)

ピース (中公文庫)

  • 作者: 樋口 有介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2009/02
  • メディア: 文庫
謎が謎のまますぎて消化不良

樋口祐介の「ピース」、めちゃくちゃプッシュされてますよね。
いつもはPOPに惑わされずに自分の好きなジャンルしか買わないんだけど、サスペンスだから何かしらのスリルを味わえるだろうと期待して、柄にも無く買ってしまったわけさ。だけどなぁ、これはpopにも、作品にもケチつけたくなるな。

肝心の動機がなぁ…。
八田が例えば、人を死なせてしまった後悔を抱えたまま御巣鷹山に行ったとして、そこにある種の責任転嫁を子供たちにしたとする。
自分が行使すべきだった正義を全うできなかったことへの負い目を強烈に自覚し、彼等に死とはこういうものだと、制裁を加えたいと執着する…。
そこには坂森の言うような「こういう人間を正してこなかった日本という国にも問題がある」という考えが、八田の根底にあるのかもしれない。
しかし世直しをすべきと考えてるなら、被害者の悪徳行為を世間にアピールするように(私だったら)仕向けるだろうし、もそっと被害者をいたぶるのではないか。(描写的には即死していると思われ)

大体マインドコントロールとか中野陸軍学校とか、それまで丁寧に描かれていた日常から大分ぶっとんじゃって、煙に巻かれた感じ。坂森のおじさんが、最初の方で、それらしきことを話してはいたけどさ。

そもそもこんなことで、十何年も追っかけてるなら、ぶっちゃけ八田は他にも「世直し」してるのでは?と疑いたくなる。

初老刑事の告発、でいきなりポーンと終わらせるのではなくて、例えばマインドコントロールしている様を名前を伏せたまま描写するとか、納得させる何かが欲しかった。
硝路の言う「わかるようでわからない、わからないようでわかる」という台詞でお茶を濁されても。
結局彼は、八田のマインドコントロールに加担していたのか、いないのか。
小長の逃亡補助したように思えて、最後の詰めのため警察から逃がしたと考えると実は硝路が真犯人ではないかとも思えてくる。
しかし「日航機墜落事故で死んだ小鹿の妹の、死の現場を侮辱した人たちに復讐」なんて訳がないから、やっぱり違うよねぇ。

じゃあ硝路は一体なんなんだ、と考えると、ラザロという店名をつけたハ田の贖罪なんだな、とすんなり理解できるが、肝心の硝路の母殺しの動機もあれだけ思わせ振りで謎っていうのもなんだか悔しい。きっと作者の頭のなかには硝路の過去は存在しているのだから。

秩父の中途半端な田舎感、スナックだかバーだかわからない中途半端な店、そこに集まる人生に挫折感いっぱいのショボい連中とか、人間が手に取るようにわかって、文章は上手いんですよ。
特に「スナック峠」なんて、ホントにありそう。
それほど山奥ではないけど、家が密集していない何もない公道を走ると突然現れる、世の中の中心から遠心力で弾き出されたような店。

硝路と村の古老のシーンもいい。
じっとしていれば人生はすぐ終わるべぇ、なんて哲学なんですよね。
淋しいからってお他人様に関わろうとするなんて失礼だ、という台詞にははっとさせられました。

そして、硝路が作る料理が美味しそうでたまらない。秋ナスとネギのくだりなんて…はぁ…

と、なんだか良い所もあるから、全体的に「惜しい」んだよねぇ。
良いところも悪いところもピースな小説。
動機は、もしかして作者がTVを見ていて不快に思った事をそのまま利用したのかも。

ノルウェイの森 [■BOOK・COMIC]

★満足度50点

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: 文庫

 

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/09/15
  • メディア: 文庫
 村上春樹の小説を初めて読んだ。

現象で例えるなら「霧」。近くて遠いストーリー。

村上のセンテンスはコロコロと気持ちよく、情景とか心の機微が手に取るようにわかりやすく、しかもリズムがいいのか、読んでいてつっかえることもなく心地よい。
それでいてハッとさせられる描写がある。
文章はうまい。

だけど、今の私には「必要のない」たぐいの小説だった。
今は「究極の恋愛小説」を欲してはなかったとまざまざと思い知った。

しかし決して面白くなかった訳ではない。
好きでたまらくてどうにかしたいのにどう仕様も出来なかったという喪失感というのは、大事な人間が一人でもいるなら誰でも共感できるに違いない。
誰か大事な人が、重い病気にかかってベッドの上のその人を、手をこまねいて死んでいくのを見ているしかない、というような感覚。想像するだけでも嫌だ。
そんなワタナベの気持ちもわかりつつ、直子は他人を思いやる余裕が全くなかったんだろう。
そもそもキズキとは異性というより本当に家族のようになってしまっていて、そのせいで濡れなかったのに、恋人と思えなかった自分を責めているのか、その事に気づかずにやはり自分を責めてしまったのか、あっけなく死んでしまう。もしかしたら他人に愛情を抱けない自分が怖かったのかもしれない。
それは言い換えれば、「自分のことしか愛せない」のと同じだ。
それがわかったから、37歳のワタナベはいつまでも虚無感を抱いているのかもしれない。

本筋には関係ないが、この小説の中で一番好きな言葉は永沢の「自分に同情する奴は下劣な人間のすることだ」(ちょっと違うかも)一番共感したかなw
個人的見解だけど、殆どはそういう類の人間で溢れ返っていて、そうじゃない10%ほどの人間が世の中を引っ張りあげていると思う。
でも残りの90%は、他人の評価を気にせずまっすぐに突き進むその10%を羨ましがったり脅威に思い、妬んだり陥れようとしたり、やましさを隠して近づき利用したりして食い潰しているのだ。永沢はワタナベに10%になる素質を見、でも自分より少し弱いワタナベが大好きなのだと思った。

私は非常に簡潔で裏表のない永沢に好感を抱くが、本著に登場する人物は皆、自分を正直に表現しているから、そんな所がこの小説が好かれる理由の一つかもしれない。

しかし、小説のファンは永沢いわく俗物と言われかねない。なぜなら「わかる、わかる!」の大合唱で不幸自慢をする人がレビューを見ても多いからだ。「私も死のうと思ったことがあった…」とかなんとか。
でもそれは読者のせいではなく、春樹の描写があまりにも上手く儚げなので、万人に共感できる一文がどこかに埋まっているからなのかもしれない。
ワタナベの青春時代が70年代だろうが、それは全く関係なく、10代独特の空気をまざまざと思い出させる。(特に不特定の女性とSEXをした後のワタナベの虚無感と、それなのに何か埋めるように人恋しくなってしまう描写は秀逸)

「わかる」という意見を他人と共有したい自分と、それを登場人物に拒まれているという感覚。
読者と登場人物はどこか透明の壁があって、冒頭でも記した「近くて遠い物語」という不思議な余韻を残した。


レッツ!古事記 [■BOOK・COMIC]

★満足度80点
 
五月女ケイ子のレッツ!!古事記

五月女ケイ子のレッツ!!古事記

  • 作者: 五月女 ケイ子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/08/01
  • メディア: コミック

古事記のおかしなところを突っ込みまくりで滅茶苦茶面白い!!と思えばしっかりとストーリーは抑えていて、日本の神話を知りたい人には『完全なる入門書』として大・大プッシュ!!

ヤマタノオロチをやっつけたヤマトタケルがケイコにかかればあら大変。やんちゃでワガママな男の子に。アメノウヅメと猿田彦の「凄い顔」を、これだけ上手くビジュアル化するのは凄いと思う(本人に会ったことがないのでわかりませんが)。もう2人の顔が頭から離れません[exclamation×2]

ちなみに友達が家を普請した際、土地のお清めで猿田彦の神主さんにお願いしたそうな。猿田彦のパートナー(と言われている)、天岩戸に隠れたアマテラスを出すために踊ったアメノウヅメの話で大盛り上がり[ひらめき]

ちなみにナマコの口が裂けているのは、天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねたのにナマコだけが何も答えなかったので、アメノウヅメが怒って切ってしまったからと言われている。けっこう激情型w

日本の神話はいづれもスケールが小さくて、日本というちっさな国をよく表していると思う。昔はさらに九州・近畿地方までしか知られていなかったわけだし。東北に行くのは当時は凄く大変だったろうな。当時の遠い私たちの祖先を想像しながら読むと、親近感さえ湧いてくる。この本でグッと距離が縮まるよ[exclamation×2]


待ち望まれし者 [■BOOK・COMIC]

★満足度80点

待ち望まれし者(上)

待ち望まれし者(上)

  • 作者: キャスリン・マゴーワン
  • 出版社/メーカー: ソフトバンク クリエイティブ
  • 発売日: 2007/02/22
  • メディア: 単行本

ひさびさに面白い本。
『マグダラのマリアの福音書』をめぐる話だが、ダ・ヴィンチ・コードと同じように、イエスとマグダラのマリアが夫婦だったという設定の元、現代のその子孫がその福音書を暴く話。

キリスト教の矛盾を、信者がおそらくは「考えたこともない」ことを、あたかも当たり前のように真正面から取り扱っていると感じた。

キリストが神ではなく人間だったら、というもっとも当然だが、西洋世界ではもっとも「有り得ない」とされてきたことに切り込む。マグダラのマリアの子孫は1系統だけではなくて、至極シンプルに沢山いるという説も、日本における戦国武将の子孫が沢山居るのと同じようにうなずける。血が濃いか薄いかで、人間誰しも元をたどっていけば「誰か」の子孫なのだ。

現実のサスペンスの合間合間に挿入される『マグダラのマリアの福音書』の挿入。これが本物だったらと想像するだけでも面白い。裏を返せばもしかして――?と思わせることがてんこ盛りだからだ。

ユダは実は裏切り者ではなくて、キリストから「混乱のおきないように告発者たちに居場所を教える」役を命令(嘆願?)されたという点、キリストに洗礼を授けたヨハネが、実は先にマグダラのマリアと結婚をしていて、後々キリストと「人間のあり方と教義について」対立していき、【ダ・ヴィンチコード】ではマリアの系譜を守る組織に属していたダ・ヴィンチが、この本では「ヨハネ派」に組みしていて「マリア派」と敵対する点などなど。

私がキリスト教に関心をもったのはやっぱり映画。
モーセの十戒の海が割れるのが強烈で、子供の時こっそり『海割れろ!』とプールで(ちっちゃ)唱えてみたけど、どんだけ念じても割れないってw[わーい(嬉しい顔)][あせあせ(飛び散る汗)]

私はこの手の本が大好きだが、よく「宗教信じてるの?」と思われたりする。
そうではなくて歴史=人間を知る事、という観点でいるので、別に神を信じているわけではない[バッド(下向き矢印)]
何でこういう物を建てたのか、その時何が起こったのか、想像もつかない理由で人が殺されたり、とんでもなく不思議で面白い言い伝えがあったり。

それで、あまり認めたくはないけど、絵画や彫刻などは宗教を広めるために育まれた経緯があって、神を信じてなくてもその美しさで人の心を動かすのだから、『神を信じている人間』の純粋なパワーにも気付かされるわけで[いい気分(温泉)]
そういう風に、全て不思議なものとしてではなく、このときの人間だったら」と想像することが歴史書や聖典に出てくる登場人物たちの不可思議な行動の謎を解くことができるんじゃないかと。

この本は後半こそサスペンス色がぐっとダウンしてしまい「ヨハネ派」との攻防があれれっというくらい減ってしまうのだが、上記の点で新しい考え方を提示してくれた。むしろ小難しくなくて、聖書を知らない人でも、長い間娼婦とされてきた『マグダラのマリア』という女性の生き様と闘いに思いを馳せることができる。まあ、フィクション性が高いということを念頭に置けばだが[あせあせ(飛び散る汗)]、入り口としてはそれほど悪くない[わーい(嬉しい顔)]